空手やキックボクシングの打撃と柔術の当身の違いは?

相手の視界を一時的に奪う柔術の当身「目潰し」と、空手、ムエタイ、ボクシングのイラスト 武術・護身ブログ

柔術には本来、打撃技として「当身(あてみ)」があることをご存じでしょうか。

その目的や考え方は、空手やキックボクシングの打撃とは大きく異なります。

今回は、古流柔術から受け継がれ、現代においてさらに進化した当身について解説します。


「柔術=関節技と絞め技」ではない

初期UFCでグレイシー一族がインパクトを残して以来、現在の総合格闘技では、もはやブラジリアン柔術由来の技術が欠かせないものとなっています。

また最近では、多くの人気芸能人やエグゼクティブたちもブラジリアン柔術に取り組み、一大ブームとなっています。

そのため今では、「柔術」といえばブラジリアン柔術のことを指すようにまでなりました。

総合格闘技が成熟していく中で、パンチやキックは主にキックボクシング(ムエタイ、ボクシング、空手etc.)、組み技はブラジリアン柔術やレスリング(CACC、サンボ、柔道etc.)の技術が取り入れられています。

そこで多くの場合、「柔術=組み付いて関節技や絞め技を決めるテクニック」と認識されているでしょう。


古流柔術に伝えられる当身

古来より、「柔術」は「やわら」とも言われましたが、実は古流では「拳法」を「やわら」と言うこともあったようです。つまり、打撃技と組み技に現在ほど明確な区別はなかったと考えられます。

もともと、古武術では武芸十八般といって、刀、槍、薙刀、棒、鉄扇、手裏剣など武器を何でも使いこなし、徒手でも戦えることが求められました。

その中の徒手武術こそが柔術(やわら)であり、そこには当然、投げ技・関節技・絞め技だけでなく打撃技(当身)も含まれています。

つまり本来の柔術は、打撃技も存在していたわけです。

現在も、各種古流柔術で当身は伝えられており、講道館柔道でも形(型)の中に残されています。

古流柔術の流派では、特に優れた当身技法で知られているのが、柳生心眼流と諸賞流でしょう。


一般の打撃と異なる当身の目的とは

八光流柔術は昭和16年(1941年)に創流されており、厳密には古武術に分類されません。

しかし、古流柔術のエッセンスを現代に橋渡しするための鍵を握る流派だと考えています。

それについては、記事「古武術・スポーツ武道・格闘技と違う、八光流柔術の存在意義」をご参照ください。

古武術・スポーツ武道・格闘技と違う、八光流柔術の存在意義
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だからこそ、八光流柔術には当身もしっかりと残されているのです。

その当身は、弊伝される皇法医学の指圧理論にも通じており、相手に怪我をさせる(壊す)目的はありません。

相手を一瞬「虚」の状態にさせたり、適切な刺激で相手の身体を制御して攻撃心から出ていた緊張を解いてあげる(活かす)ための当身といえます。

また一般的に、古流柔術の当身では人体各部の急所(点)を狙います。一方、八光流柔術では主に経絡(線)に当てますが、「緊張している身体部位はすべて急所」とされています。

例えば、攻撃心をもってグッと掴んできた相手の前腕は緊張していますので、そっと手を添えて母指の先を入れ込むと、相手は痛みで思わず体勢が崩れます。

その隙に逃げる、あるいは関節を極めたり固めたりして、争いを回避・終結させることが目的となります。

もちろん、当身を使うとはいえ、空手やボクシング等の経験者に対して思わず打撃勝負に付き合ってしまうことのないように注意すべきです。

相手の土俵に上がることは、絶対に避けるべきでしょう。


遺恨を残せば争いはいつまでも終わらない

私は少年期から空手に憧れ、10代から30代の終わりまでは激しい組手を行う拳法や空手も学んでいました(日本拳法、大道塾空道、自成道、千唐流空手道など)。

自分なりに打撃武道を追求した結果、何度か大会で入賞できたこともありました。

しかし、体格・体力的な限界を感じるに至り、怪我もたくさんしました(もちろん試合経験は宝になっていますが)。

また基本的には、突きや蹴りは相手を壊す技です。何かあった時に自分が受けるのも怖いし、相手に使えば傷害を与えたり遺恨を残すリスクがあるという思いもありました。

ただし、適切に威力をコントロールできる達人レベルにまでなれば話は別ですが…。

運良く自分の身を守れても、相手に傷害を与えてしまった場合、後々までそのことを悔やむでしょうし、過剰防衛で法的に問われる可能性があります。

また、いつ仕返しをされるかと恐れながら日々を送ることにもなりかねません。

そして次第に、日本武道の理念「神武不殺」に心が惹かれるようになっていったのです。

「相手を傷つけずに制圧する」のは、非常に高度なレベルを求められます。現実的に相当難しいことは当然ですが、理想の境地であることに間違いはないでしょう。

さらに究極は、「自分の周りから争いがなくなっていく」という生き方であり、そこを目指していきたいものです。

争いがなくなっていくことを目指す「護身道」の理念については、記事「なぜ、八光流柔術では試合を行わないのか?」をご参照ください。

なぜ、八光流柔術では試合を行わないのか?
一般世間では、格闘技、武道、武術、護身術は似たようなものと認識されているかもしれません。例えば、空手のことを格闘技といったり、空手を護身術として紹介されることも見受けられます。それぞれ重なる部分が多いため、必ずしも間違いではないでしょう。そ…

しかし不思議なもので、それでも今も空手や拳法、キックボクシングへの興味は完全には消えていません。本能的には「強さへの憧れ」というものは尽きないのかもしれません。

次回の続編記事「多様な場面で使える! 八光流柔術の当身とは?」では、いよいよ八光流柔術の当身について、具体的に紹介していきたいと思います。

近日公開予定につき、お待ちいただければ幸いです。


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